「なつぞら」についてつらつらと
新しい朝ドラが始まって3週間。
もう終わったドラマのことを考えても仕方ないと思いつつ、まだ考えさせるという点で、これまでの朝ドラとは一線を画した感じです、私の中で。
なんだろうねーなんかいろいろと不思議じゃなかったですか?
前回も書きましたが、信さんはなぜ自分に届いたわけでもない手紙を便りに帯広まで来たのか。他の兄妹についてなんの情報もないまま。
まあ、これはなっちゃんと別れの時に約束したから、てことなのかもですが、そこまで義理堅い信さんに比べて、手紙の一通もよこさなかった咲太郎兄ちゃん。よくなっちゃん探しに行ったよね。もう会いたくないんだと思っちゃうんじゃないだろうか。
そんな逡巡もなく東京に行き、出会った兄ちゃんの屈託のないこと。。
とまあ、そもそもこの「生き別れ」の設定がすでになんか不思議(どなたかも言われてましたが、少なくとも兄ちゃんはなっちゃんの居場所を知ってた)。千遥ちゃんに至っては無理やりすれ違いにしたうえ、二転三転ひねって料理人。だったら兄ちゃんが料理人になるのが自然じゃないのか。記憶もないのに才能が、というのは絵心だけで十分です。
さらにはアニメーターへの道への最も直接的な要因たる陽平くんとの出会いは偶然。なんで??東京に行くなら兄貴の職場見てきたら?ぐらい天陽くん言うでしょ。しかも兄ちゃんが逮捕されたって聞いたのに予定通り見学。わざわざ探しに来た肉親の逮捕に露とも動じない。
なんかね。エピソードはあるけど心情が全然わからない。なっちゃんの表情自体が乏しい上に何かに心動かされてる描写が極端に少ない。わざとだったんでしょうかねぇ。十勝の夜明けぐらいか。
そして、とても楽しみにしていたアニメーション黎明期。モデルになった人たちの、給金の安さや条件闘争、過酷なスケジュール、質と効率の葛藤、といったドラマがもっと見たかったなあ。ただただいろんなアニメを手がけました。特に楽しそうでも悩んでもなく。みたいに見えちゃって。
そして、個人的には「毎日装いが違う」エピソードの処理が一番残念でした。確かに十勝から出てきた子が毎日取っ替え引っ替えは無理がある。が、それならスカーフとかアクセサリーとかちょっと工夫する(実際モデルの人はそうだったらしい)とかでも表現できたよなぁと。アニメーターとしてのセンスの良さを示せるとこだけに、年も離れた踊り子さんの服を借りてました、てのは、かなりがっかりな設定でした。
100作目ということで、いろいろ制約もあり力も入り、ってのはあるんでしょうが、こういうおおもとをスッキリさせてくれてたら、思い悩まず楽しく見られたのではと思いますねぇ。悩まされ過ぎた半年。。
ドラマだからご都合主義だって矛盾だって出てくると思いますが、あーなっちゃんってこうだもんね、とか納得させてくれない。あとでこうだったんですとか説明されてもな。
てなわけで、ほんとにいろいろと考えちゃった半年でした。気分転換にはなりましたが。
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